プロフィール

1961年  父の赴任先、アメリカ合衆国サンフランシスコ市生まれ

65年  藤沢市に転入。以後、父の転勤に伴われ国内外に転居を繰り返す

69年  オーストラリアシドニーに住む。当時初めての全日制日本人学校の開校と同時に転入。ないないづくしのスタートで全校36人の子ども・先生・保護者・行政4者が立場を超えてワイワイ学校をつくった

 74年  千葉市立中学校に転入、一転して1学年10クラスに。答えがわかっていても誰も挙手しない空気に人生で初めて「同調圧力」を強く意識させられる。またいろいろな家庭環境があることも知る

79年  東邦大学付属東邦高校卒業、共立薬科大学(現慶應大学薬学部)に入学

80~81年 西ドイツハンブルグ市に転居。街を歩く人たちがフツーに脱原発缶バッジをつけ、脱原発ステッカーを車に貼っていることが目に新鮮に映る

84年  共立薬科大学(現慶應大学薬学部)卒業。東海大学附属大磯病院に薬剤師として勤務(~85年)       

86年  杉並区荻窪に転居

89年  生活クラブ生協に加入、政治参加、環境や生き方などいろいろなことを吸収

91~92年 生活クラブ生協支部委員長 

96年  東京・生活者ネットワークのフェミネット(女性問題研究会)発足に関わる

女性への暴力に関する自治体施策調査を行い、東京都DV防止条例の制定につながる

99~2005年 杉並・生活者ネットワーク事務局長、代表  

子どもの権利条例制定署名活動、「杉並に子どもの人権を守るしくみをつくる会」立ち上げに参加

05~09年 義父の在宅介護に軸足を移す。介護保険制度を使いこなそうと情報をとり、協力を周りの人に依頼し、奮闘の日々

10年~  杉並・生活者ネット事務局長

1112年 原発の是非を問う都民投票条例制定を求める直接請求運動の請求代表者


【資格】薬剤師、臨床検査技師、ヘルパー2級 

【趣味】音楽(ジャズ、ロック)声楽 美術館めぐり 着物

【家族】夫 娘(独立)

荻窪4丁目に居住 

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